スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

戦場はどこか?既成概念をはずす

戦場を勝手に絞っていないか。
つまり、【既成の概念に捕われていないか?】



車を運転していて思ったのだが、いくら急いで走ってもゆっくり走っても、結局赤信号のところでまた両車が追いつき、急いだことが無意味となるケースが多い。
無意味とならないためには、もっともっと急いでスピード出して追い越しもして、赤信号に引っかかる前に信号を通過することだ。

つまり、ミクロで瞬時瞬時頑張ったところで、頑張りとは別の次元で人生を規定するもの、道路で言えば「信号」があって、結果が頑張りに比例せず大差が生まれないのではないだろうか。
だから次に進むには、「並以上の頑張りをすること」

さて、そんな戦場で、急ぐかゆっくりか、信号につかまるかつかまらないか、と勝負を繰り返していると、上空では「飛行機」が飛んでいた。

飛行機。信号という規定もない。道路すらない。全てが自由で、裏返すと自分で律する高い能力が求められる。
自由と、それに付随する責任を自分で管理できる力を手に入れた時、飛行機に乗れる。

道路だけで勝負していた。実は空があった。そのほか、海には船もある。

道路で「急ぐかどうか」「どの道をゆくか」だけを考えていないか?

空は広い。
スポンサーサイト

そのビジネスは、【ゼロサムか・プラスサムか】

【トレード・オフ】とは、日本語で「二律背反」に近い意味だ。
どちらかを増やすと、一方が減ってしまう関係の事だ。

分かりやすく言うと、1000円でリンゴとミカンを買うとする。
リンゴ5個とミカン5個という選択をしていた時、
リンゴを6個にしようとするとミカンは4個しか買えなくなる。
(注:価格は同じとする)

経営的に言うと、労働分配率と資本分配率の関係である。
1億円が最終利益の時、人件費が3000万円、配当や内部留保、設備投資が
7000万円だとすると、労働分配率は30%、資本分配率は70%になる。

労働組合なんかが「もっとカネよこせい!」とすると人件費が上がり、その分
配当やら内部留保が減ることになる。つまり
人件費3500万、配当等が6500万となり、
労働分配率は35%、資本分配率は65%に。
これをどこでバランスさせるべきか?というのは難しい問題だ。


さて、ビジネスにはゼロサムとプラスサムがあると思う。
ゼロサムとは、どこかにプラスになればどこかがマイナスになり、
結果世の中総体で見るとプラマイゼロになるってこと。
つまり完全なるトレードオフ関係になっている。
プラスサムは総体でプラスとなるってこと。

継続性があるのは間違いなく後者【プラスサム】の方だ。

例えば必死にモノを売ったところで、その消費によって他社からの
消費を奪っているだけではゼロサムだ。
それが極端になると私のように、「消費者メーカーでは働けない!」
となってしまう…
そんな業界で大切なのは、今までの非顧客層を取り込んだり、競争を促進させて
需要パイを増やすことである。
それでようやくプラスサム。

携わるビジネスはゼロサムか、プラスサムか。
長く世の中に価値を与えたいと思ってビジネスをするなら、
そんな視点も大事だと思う。

【ゼロサムか プラスサムかを 考える】

自らの足で立つ

会社にも頼れない。国にも頼れない。頼れるのは「自分」のみである。
これから勝つのは
・英語、IT、ファイナンスを身に付けた人
・リーダーシップの取れる人
・情報に意味づけをしてアウトプットできる人


大前研一氏の本
「知の衰退からいかに脱出するか?」
を読んだ。

これはいかに日本人が、個として、集団として、衰退しているかという内容であり、
現代社会への大きな問題提起となっている。
まず日本人が「考えなくなった」という。それはネット検索によりすぐに答えが見つかる
(と勘違いしてしまう)ことや、新聞等のメディアを絶対視しすぎているからだという。
検索で導いた答えも各種メディアも、その背景をたどれば「本当に?」という事が多い。
政治家とつながっている新聞社が、その政治を批判できるか?
情報の波の中で、どれが正しいと言えるのか?

それを利用する人も、メディアリテラシーを果たして持っているかどうか。
少なくともそれは確かに学校では教えてくれない。

そして日本のビジネス・教育・政治を批判している。
グローバル社会の中で日本のプレゼンスがどんどん低下しているという痛烈な批判だ。
大学含め学校は実務と乖離していて、どのような人材が求められ、どう教育するか、という議論がない。アカデミックな「象牙の塔」と化している。
学校の教師として、社会に出て実務を積んだ事がない人が教えてもリアリティがないというのも一つ。

さらには政治家のリーダーシップ不足、勉強不足が上げられている。
政治への閉塞感を、大前氏自身が大きく持っているように思う。

アジアNo.1という幻想を持ち、鎖国的に他国から学ばない。人を受け入れない国。

ベストセラ-「国家の品格」も彼に言わせれば日本人同士での傷のなめあいだし、
司馬遼太郎氏も「今後の社会で価値を生めるタイプではない」とのこと。


とにかく問題意識と批判の塊であった。

大丈夫か、日本?
大丈夫か、日本人?

少なくとも私は、日本がこのままなら自分は住んでいたくはないし、
自分の子供は日本で育てたくない。

それを変えるもひとつ。
違う環境へいくのもひとつ。

日本に住んでいたいから。
日本で子供を育てたいから。

日本を変えられたらな。

まずは情報を貯めるのではなく、考えて、意味づけして吐き出すことから。
そんなブログにお付き合い下さい。

【インプット 意味づけしないと 自己満足】

ビジネスは日本を変える

僭越ながら、宣言したい。

日本に元気がない。


日本で元気に・明るく・楽しく・前向きに生きている人はどれくらいいるのだろう。昔勤務していた西新宿には、下を向いて歩く人が多い。どこの街でも、人々は自分の事しか見ていないようで、「愛」がない。肩がぶつかっても、お年寄りが優先席の前で立っていても…

勿論、それぞれの人にそれぞれの事情はあるのだろう。何かを落として地面を探しているのかもしれない。恋人を失って放心状態なのかもしれない。交通事故のケガが治りかけている人が座っているのかもしれない。
でも、あまりにもそういった現象が常態化している。皆が皆、交通事故に遭ったとは考えにくい。皆が皆、失恋したとは考えがたい。皆が皆、溜め息と肩以外のものを落としているとは。

生活していて、どこでも問題だらけだ。きりがない。

だから私はここに一つ、自分なりの仮説を立てる。
問題意識を解決する仮説を基に、自分らしく生きていきたい。

「仕事が元気になれば、日本が元気になる。」

どこも問題だらけなら、私は自分の興味あること、そして可能性があると感じたもの、それらに賭けたい。

無理して仕事をしている人、熱いものを持っていながら実現できずに枯らしている人。ただ生きるためだけに働いている人。そんな人がたくさんいるのではないか。
勿論それを良しとする価値観もある。つまり全ての日本人に適用できる考えではない。
よって私の考えるこの話のターゲットは、「日々に問題意識を持っている人」とする。

心底で現状に問題意識を持っている人たちが生き生きと仕事するようになったら、楽しさ、充実から精神的に人生が豊かになり、他人にも優しくなれる。例外もあるだろうが、自分に余裕が持てるようになって始めて、人は他人のことを考えられると思う。優しくされた人がまた別の人に優しくするというサイクルが回せる。

私はビジネスに注力したいと思っている。継続性・循環性があるからだ。

仕事を通じて、直接顧客の満足を得ることができ、その対価で経済的に豊かにもなれ、次の活動の原資にできるというサイクルが回せる。
それぞれの人が考え、それぞれの思いによって付加価値を社会に与える人たち。
その成功体験が次の挑戦者を生む。これもまたサイクル。同世代及び世代間サイクル。

あまりにも楽観過ぎるだろうか。

2009年2月現在の、1台のパソコンから世界に発せられるのは「上記のような思い」だけ。
これを現実的と見るか非現実的と見るか、それは受け手次第。
楽観に、非現実に解釈されるのはただ、受け手であるあなたの頭の中によってだけです。

【ビジネスで 味気なき世を 面白く】

検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。